僕は1992年の春に産まれた。
病院に向かう途中の車内で産まれたらしい。

他の子が3歳になる頃にはハイハイや歩き、
喋るといった基本的な動作をしているのに対して、
僕はそれに1年遅れてようやく覚えていた。

 

物覚えが悪かったのだ。

 

5歳になってもろくに言葉を発することができなかったら、
進学する予定の小学校の校長先生から、

「この子は知恵遅れだから別の学校に行かせたほうがいい。」

そう言われていたらしい。

 

そんな無責任な先生に対して本気で怒ってくれたのが両親だった。

自営業で忙しい状態の中でも、
夕食のときまでには必ず帰ってきてくれて、
一緒に食事をしてくれて、優しく笑いかけてくれた父。

学校での出来事を熱心に聞いてくれて、
常に我が子のことを第一に考える母。

 

お金こそないものの、
二人の優しい両親に恵まれて、
どこにでもある普通の家庭を築いているようにみえた。

 

が、その生活は突如歪みをみせるようになる。

母の病である。

 

僕を産んだときから乳がんに苦しめられていた母は、
日に日にやせ細っていき、
僕が小学校中学年になる頃には病院通いをすることが多くなった。

病院通いが多くなってくると必然的に医療費がかかってくる。

 

残業代もボーナスもない自営業の父にとって、
医療費を賄うためには仕事量を増やすことでしか対処法がなかった。

ときには明らかに対価に見合っていない理不尽な仕事でも父は積極的に引き受けた。

対価が見合ってなかろうが、仕事をして稼がなければ母の医療費を払うことすらできないからだ。

 

夕食までには必ず帰ってきた父が帰ってこなくなった。

母も入院と退院を繰り返してほぼ家にいなかった。

今まで当たり前だった両親と一緒の食事。

 

それが突然終わりを告げた。

 

両親のいない兄弟だけの食事がこんなにも寂しいものだとは思わなかった。

僕達兄弟が寝る頃になっても
父はかえってこずにひたすら仕事をしていた。

 

朝、眠い目をこすりながら
食卓に向かうといつの間に帰ってきたのか、
疲れ果てた父が食事をとっていた。

「ねえ父さん、母さんはいつになったら帰ってくるの?」

 

いつまでたっても帰ってこない母さんに対して
寂しさを感じた僕は父さんに聞いた。

「そんなの知るか!
俺は母さんの医療費を払うために銭を稼がんといかんのだ!!!」

 

生まれて初めて父に怒鳴られた。引っ叩かれた。

怖かった。

あれほど優しくて大好きだった父が急に怖くなってきた。

「銭・・・銭・・・」

独り言のようにつぶやきながら父はまた家を出ていった。
お金と時間に追われていった父は日を増すごとに変わっていった。

 

父を見ると体が震えるようになった。

「お父さんが怖い」

布団の中で涙を流しながらこう思った。

 

母の医療費がかさみ、
お金にこまるようになってから家族の雰囲気は一気に変わってしまった。

父もそうだが僕自身もお金があまりにもなかったので、

 

・貧乏であることを憎み

・母が病気になってしまったことを憎み

・憎しみを通り越してケチになっていき

・ケチになったことで集団から孤立し

・孤立していることがカッコイイと強がって

・群れている集団を影でバカにするようになったり

 

していったのだ。

お金と時間がないばかりに本当に様々なものを失っていった。

まず母が病気になって、
医療費がかかるようになってから父は人が変わったようにケチになってしまった。

食費だろうが電気代だろうがなんだろうが
何がなんでも最も安くしようとした。

 

安くする。

その思考自体がダメなわけではない。

問題なのは、
ただでさえない時間を使ってでも安くしようという考え方だ。

 

安い食材の情報を調べては僕達子供に買いに行かせた。

安い食材を買うために隣町のスーパーにまではるばると。

車を使うとガソリン代がもったいないから
1時間以上自転車をこいで食材を追い求めた。

その食材の価格差はわずか数十円。

たった数十円の価格差を求めて
1時間以上の時間を費やされるようになってきた。

 

そんな何が何でも安くしようという父の姿勢と、
その父の言いなりになって安さを追い求めていくうちに、
ケチこそ正義という価値観に染まってきたのだ。

 

今だからこそ痛感するのだがケチという価値観をもっていると、
お金というものに全く縁がなくなってくる。

ケチという価値観をもっていると貧乏から一生抜け出せなくなる。
安い食材を変えたところで150円が100円になるぐらいだ。

その差50円に一体何の価値があるのだろうか?

 

ケチを良く言えば、
支出を減らして節約するということだ。
ただ、この節約というものには限度がある。

お金持ちは支出を抑える節約ではなく、
いかにして収入をふやすのかということを考える。

当時からこの考えをしって
それに基づいた行動をしていたら今頃億万長者になっていたことだろう。
(20代でそのことに知れただけでもラッキーだったのだろうが)

 

収入を上げることとケチなのはまったく違うものだ。

収入を追い求めることは、
人生の総合的な満足度を上げることであると僕は信じている。
お金の節約を第一にしてしまうと時間を失っていく。

時間を失っていくと精神が蝕まれていき最終的に身体的自由が失われる。

 

金銭・精神・時間・身体。
人を構成するものすべてがケチになることによって失われていくのだ。

それに対して収入を追い求める姿勢は違う。

現状維持に危機感を覚えて自らを高めようと
「正しい方向に」努力していけばそれ相応の価値提供ができて収入は必然的に上がっていくからだ。

 

お金が増えれば時間も確保することができる。

時間を確保することができれば、身体的にも安定する。

収入を追い求める姿勢は
ケチが失うもの全てを得ることができるのだ。

 

ただ当時の僕や父にはお金の優先度こそ最も高いものであるから
そんな姿勢なんてこれっぽっちもなかった。

母のガンの治療こそが第一だった。

命はお金に変えられない。

たしかにそうなのだが、
その命を救いたいがために、
価値提供の姿勢を忘れてお金を無心しては何もかもが疲弊してしまう。

 

そんな父も母が退院して家に戻ってきた時はいつも通りの父に戻っていった。

僕も大はしゃぎをしながら母に抱きついていた。

母いてこその父、母いてこその家族。

この世で1番母を愛している人間といっても過言ではない。
それほど僕は母のことを愛していたのだ。

 

「きっと母のガンは治る。そうなればいつもどおりの家庭が戻ってくる」

そう信じながら小学校の卒業を4ヶ月前に控えた日・・・

 

「母さんが死んだ。」

 

父から放心しきった声で母の死を伝えられた。
母の死を聞いたときに背中に走った衝撃は今でも覚えている。

最初は信じられなかった。

実際に病室に行って白い布を被せられた亡き母を見ても
ひょっこりとおきあがってくるのではないかと疑わなかった。

だが母は死んだ。

 

48歳。

 

あまりにも早すぎる死だった。

火葬が終わって骨だけになった母の姿を見て
僕は母が本当に死んでしまったことを悟った。

あれだけワガママを言っておきながら
僕は母にロクな恩返しをすることもできなかった。

 

もう母と一緒にお風呂に入ることもできない。

もう母に小学校で友達と遊んだ出来事を話すこともできない。

もう母にいずれ結婚する嫁の顔をみせることもできない。

もう母に子供の顔すらみせることもできない。

もう母に・・・

 

僕は泣いた。

人目もはびこることなく泣き続けた。

あれほど母を助けたい一心で人が変わったかのようにケチになって
支出を抑えては母の医療費に当てていた父。

そんな父を模範として徹底的にケチになり、
何も欲しがらずに最低限の生活を送ってきた僕達子供。

お金・精神・身体・時間全てを犠牲にしても母を救うことはできなかった。

 

無力。

 

当時の僕を表すのにこれほどふさわしい言葉はないだろう。

あれだけ徹底的にケチになって持てる財産の全てを医療費にあてても、
母には最新の治療を与えることはできなかった。

人生を生きていく上で「もし・・・」は厳禁だが今でもこう思う。

 

もし僕の家庭が貧乏ではなく母に最新の治療を与えられるだけの財力をもっていたら・・

もしお金の節約ではなく価値の提供にフォーカスしていたら・・・

もし僕にお金を稼ぐ能力があったら・・・

 

母は死ぬことはなかったのではないだろうか。

僕はこの日ほど自分のことを恨んだことはありませんでした。

 

「お金さえあれば母は死ななかった・・・
お金さえあれば母はもっと長生きして人生を楽しむことができた。
お金さえあれば・・・
お金さえあれば・・・」

 

そう考えれば考える程、
お金を稼ぐことができない自分を憎むようになり、
お金を稼げない=悪という方程式が僕の中で出来上がっていった。

それでも父は憎みませんでした。
だって父が一番悔しいに決まってるから。

僕が産まれる以前から母と人生を共にして
愛しあっていた父自身が一番悔しいに決まっているから。

「父の無念は僕が晴らさないと・・・
稼げる男になってみせる・・・」

 

そう決意を固める一方で、

 

「母に恩返しができなかった。
もう一生恩返しをすることはできない・・・」

 

と情緒不安定となっていた。
そんな精神が不安定な状態で、
母に見せることができなかった学ランに袖を通した僕は中学生になり・・・

第二話に続く。

【第二話】鬱からの脱出。お金欲しさに資格を取りまくった学生時代。

 



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